広告とその時代

        

国策追行に動員された老大家のポスター画

category - 広告とその時代
2017/ 03/ 16
                 
国策蓄遂行に動員された大家横山大観画
①帝国政府ポスター
「国民精神総動員」(横山大観画)
国策蓄遂行に動員された大家、竹内鳳栖画
②帝国政府ポスター
「雄飛報国之秋」(竹内栖鳳画)

国民精神総動員」運動は、1937年(昭和12年)9月、第一次近衛内閣が、発した「盡中報国(尽忠報国)の精神を国民生活に実践せよ」という内閣告論によってスタートした。
この運動には1940年(昭和15年)7月の第二次近衛内閣誕生で拍車がかかり、同年10月13日、大政翼賛会の発足で、政府から引き継がれる 。
1941年(昭和16年)4月、翼賛会では機構改革をめぐり、内務省を中心とする官僚グループが主導権を握った。彼らは国民精神総動員を、国民を統合支配する際の精神的支柱として利用した。
そして、時の老大家横山大観竹内栖鳳の絵が帝国政府ポスターに利用された。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。

国策追行に動員された老大家そして、ボランティアの壁新聞
            
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第三八回『陸軍記念日』陸軍省発行ポスター

category - 広告とその時代
2017/ 03/ 10
                 
陸軍記念日ポスター

戦前の日本では、3月10日は陸軍記念日であった。これは、1905年(明治38年)3月10日に、日露戦争奉天会戦大日本帝国陸軍が勝利し、奉天(現在の瀋陽)を占領して奉天城に入城した日である。翌1906年(明治39年)3月10日に第1回陸軍記念日が設定された。
上掲の画像には第三八回・・・とあるから、これは、1943年(昭和18年)の陸軍記念日のポスターである。
このポスターが作成された時代の日本は第1回当時の日本とはずいぶんと状況が違っている。
ポスターのスローガン「撃ちてし止まむ」は、『古事記』の中の歌謡『久米の子が頭椎(くぶつつ)い石椎(いしつつ)いもちうちてしやっむ」に起源をもつ。陸軍省のこの「撃ちてし止まむ」のスローガンが、戦意を高揚させたのか。呪縛となったのか・・・・。

詳しくは、本館「老いの愉しみ」のイカのページを見てください。


「撃ちてし止まむ」のポスター
                         
                                  
        

エビスビール広告

category - 広告とその時代
2017/ 02/ 17
                 
ヱビスビール広告
上掲の画像は、1892年(明治25年)、「中外商業新報」(現在の日本経済新聞)に掲載されたエビスビールの全面広告である(朝日クロニクル『週刊20世紀』メディアの百年より)
このころから、キリンビールアサヒビールなどビールの広告が目立つようになったという。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。


エビスビール広告
                         
                                  
        

ひかり輝く東芝の広告

category - 広告とその時代
2017/ 02/ 16
                 
東芝1-19641101アサヒグラフ裏表紙

上掲の画像は『アサヒグラフ増刊オリンピック』1964年(昭和39年)号の裏表紙に掲載された東芝の広告である。広告の下部には、以下のように記されている。
これが東京の動脈!
夜は光光光・・・
東京オリンピックを機会に、東京の夜はスッカリかわりました。特に高速道路に輝く東芝のアカリは、あの交通マヒを解決し、今では国際都市 東京の美しいアクセントになりました
このあかりで、
羽田→新宿間は30分!
ハイウエイの要所要所・・・たとえば世界一の三宅坂インターチェンジ代官町トンネルは、未来の都市を思わせる明るさ
霧や排気ガスも見通せるナトリュームランプ、高照度の蛍光ランプ、長寿命の水銀ランプなど、東芝のアカリが夜の高速運転を楽にしました
このほか東芝の照明技術は、
17階だての超高層ホテル・銀座の地下駐車場、国立屋内総合競技場など、生まれかわった東京の夜に役立っています。
・・・と。

詳しくは本館「老いの愉しみ」に以下のページを見てください。
ひかり輝く東芝の広告