2017年03月

        

中井 芳滝画「原田甲斐」

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 03/ 27
                 
強調文
中井 芳滝画「原田甲斐」.


寛文11年(1671年)年3月27(新暦5月6日)日仙台藩の内紛・伊達騒動(寛文事件とも)を幕府が裁断。この席上で重臣・原田甲斐(宗輔)伊達安藝(宗重)らを斬殺し、甲斐も斬殺される。
上掲の画像は江戸時代末期から明治時代の大坂の浮世絵師中井 芳滝画「原田甲斐」、演じる俳優は阪東寿太郎。画像は、「早稲田大学演劇博物館 浮世絵閲覧システム」にあるものを借用。原画(拡大図)その他詳細作品番号:016-2080 を参照。

伊達騒動は、17世紀後半、まだ割拠性の強い家臣団をおさえて、仙台藩が藩政を確立してゆく過程で起きたお家騒動であり、加賀騒動黒田騒動とともに三大お家騒動と呼ばれている。
騒動は綱宗隠居事件に始まり、寛文事件へと続き、そして綱村隠居事件にてようやく終止符が打たれる。一般に伊達騒動と呼ばれる場合には、寛文事件を指す。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。


伊達騒動と原田甲斐
            
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江戸の六阿弥陀めぐりの図(『江戸名所図絵』)

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 03/ 20
                 
春分の日・六阿弥陀めぐりの図

今日は、春分の日二十四節気の第4。二月中(旧暦2月内)。現在広まっている定気法では、太陽が春分点を通過した瞬間、すなわち太陽黄経が0度となったときである。
暦ではそれが起こる日.であるが、天文学ではその瞬間とし、日のほうは春分日(しゅんぶんび)と呼ぶ。毎年、3月20日から3月21日ごろがそれにあたる。
太陽がほぼ真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さが同じになる日とされている。しかし、実際には昼の方が長いらしい(詳細は春分を参照)が、いずれにしても、これからは、日ごとに昼が長くなっていくことには変わりはない。これと同じような現象は秋にも発生し、これは、春分日に対して秋分日と呼び毎年9月23日ごろである。
この「春分の日」「秋分の日」を中日とし、前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)がお彼岸であり、暦の上では雑節の中に入る。そして、最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」と呼んでいる。
また、「彼岸」とだけ言った場合、これは春の彼岸を指す。これに対し、秋の彼岸を「のちの彼岸」「秋彼岸」と呼び分けることもある。
そして、この彼岸の期間に法要や墓参りをしたり、お寺では彼岸会(ひがんえ)が催されるなど、仏教の影響が色濃く感じられる。
冒頭に掲載の画像は、お彼岸の光景で、『江戸名所図絵』より江戸の六阿弥陀めぐりの図(ここクリック拡大図がみられる)である。

詳しくは、本館「老いの愉しみ」の以下のページを参照。


春分の日・お彼岸・春季皇霊祭
                         
                                  
        

国策追行に動員された老大家のポスター画

category - 広告とその時代
2017/ 03/ 16
                 
国策蓄遂行に動員された大家横山大観画
①帝国政府ポスター
「国民精神総動員」(横山大観画)
国策蓄遂行に動員された大家、竹内鳳栖画
②帝国政府ポスター
「雄飛報国之秋」(竹内栖鳳画)

国民精神総動員」運動は、1937年(昭和12年)9月、第一次近衛内閣が、発した「盡中報国(尽忠報国)の精神を国民生活に実践せよ」という内閣告論によってスタートした。
この運動には1940年(昭和15年)7月の第二次近衛内閣誕生で拍車がかかり、同年10月13日、大政翼賛会の発足で、政府から引き継がれる 。
1941年(昭和16年)4月、翼賛会では機構改革をめぐり、内務省を中心とする官僚グループが主導権を握った。彼らは国民精神総動員を、国民を統合支配する際の精神的支柱として利用した。
そして、時の老大家横山大観竹内栖鳳の絵が帝国政府ポスターに利用された。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。

国策追行に動員された老大家そして、ボランティアの壁新聞
                         
                                  
        

第三八回『陸軍記念日』陸軍省発行ポスター

category - 広告とその時代
2017/ 03/ 10
                 
陸軍記念日ポスター

戦前の日本では、3月10日は陸軍記念日であった。これは、1905年(明治38年)3月10日に、日露戦争奉天会戦大日本帝国陸軍が勝利し、奉天(現在の瀋陽)を占領して奉天城に入城した日である。翌1906年(明治39年)3月10日に第1回陸軍記念日が設定された。
上掲の画像には第三八回・・・とあるから、これは、1943年(昭和18年)の陸軍記念日のポスターである。
このポスターが作成された時代の日本は第1回当時の日本とはずいぶんと状況が違っている。
ポスターのスローガン「撃ちてし止まむ」は、『古事記』の中の歌謡『久米の子が頭椎(くぶつつ)い石椎(いしつつ)いもちうちてしやっむ」に起源をもつ。陸軍省のこの「撃ちてし止まむ」のスローガンが、戦意を高揚させたのか。呪縛となったのか・・・・。

詳しくは、本館「老いの愉しみ」のイカのページを見てください。


「撃ちてし止まむ」のポスター
                         
                                  
        

歌舞伎十八番『助六』髭の意休

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 03/ 03
                 

助六所縁江戸櫻


上掲の画像は、歌舞伎『助六所縁江戸櫻』
画像はクリックで拡大)。
江戸の古典歌舞伎を代表する演目のひとつ。「」を具現化した洗練された江戸文化の極致として後々まで日本文化に決定的な影響を与えた。歌舞伎宗家市川團十郎家のお家芸である「歌舞伎十八番」の1つで、その中でも特に上演回数が多く、また上演すれば必ず大入りになるという人気演目である。
通称『助六』とよばれている。

詳しくは本館「老いの愉しみ」で見る。以下。
歌舞伎十八番『助六所縁江戸櫻』に見る助六と髭の意休