歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」(油屋騒動)

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 06/ 09
                 
「伊勢音頭恋寝刃」.
歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」の浮世絵(三代豊国作)

油屋騒動とは、寛政8年5月4日(1796年6月9日)夜、伊勢古市の・妓楼(遊女を置いて、客を遊ばせることを業とする店。遊女屋。女郎屋)「油屋」で、医師・孫福 斎(まごふく いつき)が酒に酔って起した刃傷事件である。
斎の相方で馴染みの遊女お紺が、斎の座敷がおもしろくなかったのか、途中で呼ばれて他の客の部屋に移り、その後なかなか現れないことに、侮辱されたと感じて憤るが、下男下女になんとかなだめられていったんは帰ろうとするも、玄関口で脇差を返されると、酒に酔っていた斎は、腹の虫が収まらなかったのか、下女の一人に切りつけ、ついで下男にも切りかかり、そのうち、狂乱状態に陥った斎は、お紺を探して部屋に駆け戻り、脇差を振り回し、目の前に現れた人物に次々と切りつけ、3人を斬り殺し、6人を負傷させたという。
この事件は伊勢参り に来た参拝客によって瞬く間に日本中に知れ渡り、有名になったお紺を見ようとする客で油屋は大繁盛したそうだ。又、この騒動はたちまち大阪に伝わり、道頓堀の立作者(座付狂言作者中の第一人者) 近松徳三の知るところとなり、数日にして切狂言(きりきょうげん=歌舞伎芝居の大切り。江戸時代の歌舞伎で、二番目狂言【世話物】の最終幕。幕末以後の歌舞伎では、二番目狂言のあとにつける一幕物。)にしくまれ、伊勢音頭恋寝刃(いせおんど  こいのねたば)と題し、福岡貢(芝居での孫福斎の名前)を三代目坂東彦三郎によって、同年7月には大坂の角座で上演され、各地で好評を博したという。私は歌舞伎に詳しくはないが現在でも上演回数の多い演目だそうである。因みに、油屋騒動を起こした斉は逃げ切れず事件の10日後に自殺(27歳)。又、お紺はなんとか無事に逃げ伸びたが、49才で病死したそうだ。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。


油屋騒動(Ⅰ)
                         
                                  
        

赤松之城水責之図

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 06/ 03
                 
赤松之城水責之図
「赤松之城水責之図」(東京都立中央図書館所蔵)
ここクリックで拡大図が見られる.。

天正10年6 月3日(西暦:1582年6月22日)中国地方の雄毛利氏配下の清水宗治の守備する備中高松城を水攻め中の羽柴秀吉軍が、この日、毛利方に「本能寺の変」を知らせる使者を捕え、その一報を知る。織田信長の死を秘匿しつつ、翌4日毛利家と和睦し、城主清水宗治の切腹を見届けた秀吉は、明智光秀を討つため、中国大返しで畿内に戻り、6月13日からの山崎の戦いで光秀を破り織田 信長の実質的な後継者の道を歩むことになる。
これとは別に、和歌山市立博物館には、歌川国芳の門人一猛齋芳虎(歌川 芳虎の画号)の描いた「水攻防戦之図」もある。以下参照。

水攻防戦之図・赤松水攻之図 文化遺産オンライン

上図は、秀吉が本陣をはった石井山から水攻めの様子を眺めた構図をとっている。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。

赤松之城水責之図
                         
                                  
        

歌川国亭筆『雪のあした』

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 06/ 02
                 
雪の日の井戸端会議
歌川国亭筆『雪のあした』(部分)「雪の日の井戸端会議」の様子

日本記念日協会に登録の6月2日の記念日に、「路地の日」がある。
由緒を見ると「歴史と文化の町、長野県下諏訪町には、昔からの裏道や路地が多い。このかけがえのない路地を愛し、その風情を楽しみ、いつまでも残していこうと活動を続けている「下諏訪の路地を歩く会」が制定。日付は6と2で「路地」と読む語呂合わせから。」・・・とある。
かつては中山道甲州街道が分岐する宿場として賑わった下諏訪町は、もともと信濃国諏訪郡の一部であった。平安時代には土武郷と呼ばれていたそうだ。
諏訪湖や八島ヶ原湿原、下諏訪温泉、諏訪大社などがある観光地で、諏訪大社の門前町として栄えた。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。


路地の日
                         
                                  
        

性病対策のためGHQが推奨し、協力した娼婦映画『夜の女たち』

category - 映画・演劇・舞台(ポスター・チラシ・パンフ等)
2017/ 05/ 26
                 
poー映画『夜の女たち』

戦時中の日本政府の言論統制に代わって、1949(昭和20)年、9月15日にGHQが発令したプレスコード(新聞・放送規定)は占領下の言論統制である。この規定により、同年11月には、戦時中に東宝映画により製作された『あの旗を撃て! 』など236本の映画が非民主主義的との理由で上映禁止・焼却の指令を受けたという。
これらの中には、軍国主義を鼓舞する映画は無論のこと、仇討、切腹をはじめ日本思想象徴とみられた富士山の写真の入ったものも含まれていた。例外は松竹映画のオープニング(OP)タイトルの富士山だけという笑えない話まである。
半面では,、戦時中に禁止されていたキスシーンが解禁され、1946(昭和21)年5月23日公開の松竹映画『はたちの青春』(監督佐々木康)では、大坂 志郎と幾野道子がオキシドール(過酸化水素水)を染み込ませた小さなガーゼをはさんで初めてのキスシーンを撮った。それでも大きな話題を呼び、映画館は連日満員になったという。
詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。


性病対策のためGHQが推奨し、協力した娼婦映画『夜の女たち』
                         
                                  
        

歌麿の春画

category - 絵画Ⅰ浮世絵・錦絵
2017/ 05/ 17
                 
歌麿画

1804(文化元)年の今日(5月17日)、 豊臣秀吉の京都の醍醐寺 三宝院裏の山麓において催された醍醐の花見を題材とした『太閤五女花見之図』が幕府の禁忌に触れるとして、喜多川歌麿手鎖50日の刑に処せられるれた。
歌麿は、葛飾北斎と並び、国際的にもよく知られる江戸時代の浮世絵師で、繊細で優麗な描線を特徴とし、さまざまな姿態、表情の女性美を追求した美人画の大家であるが出生地・生年等は不明である。

詳しくは本館「老いの愉しみ」の以下のページを見てください。


歌麿が手鎖50日の刑に処せられた日